10連休の後半、2019年5月3日より松本市を訪問しました。
松本市といえば「日本ラジオ博物館」です(http://www.japanradiomuseum.jp/)。
建物は、「天明元年(1781)に建てられた薬種問屋の蔵を改装したもの」だそうです。

ビンテージもののラジオが、文字通り所狭しと並んでいます。
ほぉと感心しながらひとつひとつ見ていると、岡部館長が話しかけてきてくださいました。同好の士とみてくださったのでしょう(笑)。
館長からのご説明で、特に興味を引かれたのがこの「無線電話施設許可願」。放送開始当初の受信機の設置には、無線局の設置と同様に政府の許可が必要だったことがわかります。「工事設計」として、「接続方式」「検波器の種類」「最大受信電波長」「空中線」「相手放送無線電話」等の諸元を記載することになっています。現代の無線局免許申請書とよく似ています。

そして、「無線電話施設許可願」に対する「聴取無線電話私設許可書」がこちら。「機器装置場所」「受信機」に加え、「相手放送無線電話」として「社団法人東京放送局」と記載されています。

館長によれば、ラジオといえども通信の相手方が想定されており、「東京放送局」からの通信を受信する設備として許可されている(それ以外の放送局の受信は法的には禁止されている。建前としては。)ということなのだそうです。現在の無線局免許状にある「通信の相手方」と同様の発想です。これには驚きました。
一気に時代は下って、この辺になると、私も見たことがあるような気がしてきます。
「ラテカセ」ですね。

2階に上がると、特別展「1980年代という時代」が開催されていました。私、ドンピシャの世代です。”It’s a Sony.”の短波ラジオで育ちました。

ソニーのラジオキット。カタログに出ていたことをよく覚えています。

同時開催のミニ企画展「戦時下のラジオと情報統制」では、この「中華民国臨時政府」の放送局用のラジオに興味を覚えました。中国向けだけが生産されたとのこと。よく残っていて、よく入手できたものと思いました。
小さな博物館ですが、無線家が1台1台じっくり見ていったら半日過ごせると思います。私はやんごとなき事情により、小一時間で、後ろ髪を引かれる思いで博物館を後にしました。
博物館を出たところで、Twitterで連絡を取り合っていた松本市在住のアクティブハム・JJ0TUCとの交信に成功。高校生ハムで、衛星通信で中国の同世代ハムと交信するなど、無線を最大にEnjoyしている方です。とってもうれしいQSOでした。
こちらこそありがとうございました!
— ひろはる (JJ0TUC / マツモトAB98) (@HiroharuRadio) May 3, 2019
この日の夜は浅間温泉に投宿。やはりTwitterでつながっていた地元局JJ0USBと2mで交信に成功。
@JJ0USB 先ほどは2mでのQSO ありがとうございました!
— 7K1BIB, AC1AM, スギナミBB235 (@7K1BIB) May 3, 2019
同局によれば、浅間温泉は比較的標高が高いそうで、ハンディホイップでも59/59でした。これは翌朝、宿の部屋からの景色。確かに市内が見渡せます。本気で運用すれば、結構楽しめそうです。

翌日・5月4日は上高地を散策。驚いたことに、滋賀県の移動局のCQがずっと聞こえてきていました。
夜の白骨温泉は山間の温泉地。リグのスイッチを入れてみましたが、かすりもしません。無線はお休みです(笑)。
最終日5日は松本市内に戻り、わずかに空き時間がとれたので、道ばたでCQを出してみます。縄手通りという超繁華街の近くの橋の上、長く伸ばしたロッドアンテナを、通りがかりの人が物珍しそうに見ていきます(笑)。
2mFMで1局とQSOできました。この日はEsが出ていたようなのですが、6mAM, 430FM, DCRは、残念ながら空振りとなりました。

帰りの特急の中で、ラジオ博物館で購入した小冊子を熟読します。

家族旅行だったので限度はありましたが、無線も満喫することができました。松本市内各局にはお世話になりました。
(2019-05-05 記)
